ピヴォ×みんサル

日本フットサル三国志/執筆にあたって

フットサルプレイヤーのためのポータルサイト「みんサル」からの記事を転載となります。


執筆にあたって

 

関東フットサル三国志は2010年の3月、当時としては日本一のフットサル情報の殿堂と言われたフットサルネットで執筆を開始した。そして2011年の3月、あの東日本大震災で全日本選手権中止がきっかけというわけではないが、区切りをつけて執筆を終えた。そして、加筆修正を加え、フットサルエッジで再開したのが2015年の3月であった。
執筆開始からほぼ10年、執筆の冒頭が第1回全日本選手権が1996年1月開催であるから、執筆対象から数えると20年以上が経過したことになる。この間、フットサル界は様々なことがあった。念願のFリーグがスタート、悲願だったアジア選手権優勝、ワールドカップ出場も果たした。競技系ではなくエンジョイ系に目を転じてみると当時では考えられなかった個人参加型フットサルの隆盛やサッカー協会のエンジョイ系個人登録システムスタートなどが挙げられる。
しかし、決して順風満帆で歴史を重ねてきたというわけではない。Fリーグの観客動員数の伸び悩み、フットサルプレーヤーの人口減、フットサル施設の経営難など数多くの課題を抱えながら今日まで来たといえる。

 

これからのフットサル界で重要な点は、フットサル界の様々な分野の人たちが一致協力、横断的にグローバルな視点でコラボレーションしていくことではないかと思う。その意味でもう一度原点に戻って今度は関東を超えて日本のフットサルという視点で歴史を振り返ってみたいと思うようになった。三国とは明確に三国を示すものではなく、フットサル界が成長か低迷か、競技か趣味かなど混乱、混とんとした中で発展するにはどうしたらいいか兵法を探るコンセプトから日本フットサル三国志と名付けた。

 

なお、文章に登場するチーム名称は略称を用い、人名は実名で敬称もなく数多く表記されるが、執筆の便宜上および記録にとどめるということでご容赦を願えれば幸いである。また、古い記憶に頼る部分もあり、もし間違いがあれば連絡を願いたい。

 

また、前回は毎週水曜日、金曜日の週2回を更新の目安にしていたが、新しい挑戦なので更新が滞るかも知れない。写真もテーマの性格上、ない場合があったり、関東の三国志から再掲もあり、その時はお許し頂き、最後までお付き合い願いたい。

 

2019年1月
木暮 知彦

 

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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