ピヴォ×みんサル

F選抜から横浜へ。Fリーガー北野聖夜が望んだ、働くことが『できる』環境が持つ価値【コラム】

2019年3月26日、某所
(PHOTO,TEXT・佐藤功)

北野聖夜は考え続けていた。その北野の元へ、Y.S.C.C.横浜からのオファーが届く。

「GMや監督とお話をさせていただいて、自分のやりたいことを伝えご理解をいただけました」。

北野はY.S.C.C.横浜への完全移籍の理由を話し始めた。

名古屋オーシャンズサテライトに在籍する北野は昨季、Fリーグ選抜として戦った。2つの育成機関を経験した北野はこの4年間を振り返り、自らの「人生設計」についてずっと考え続ける。名古屋という土地で過ごした北野は「22歳という年齢」になっていた。

「自分の人生にちゃんと向き合った時、選手としてだけではなく社会人としても一人前になりたいと思っていました」。

そう考えている時に、ある文字が飛び込んでくる。『名古屋オーシャンズ・齋藤功一、引退』の文字である。

「それがフットサル界の難しいところだと思うんです。選手だけでやっていくのは厳しい」。

「フットサル以外の周りの同世代に、人間的に置いていかれるような気がした」という感覚がさらに加速していた。

「フットサルのスクールをやりながらプレーをしていてもフットサルの枠の中ですし、次を考えた時にフットサルだけでは社会経験という意味ではつながらないと思います。ですので、しっかり働いてすべてを学びたい。会社経営だったり営業だったりすべて吸収したい」。

「人間的にも、フットサル選手的にも上に行きたい」。北野は働きながら選手生活を送ることを望んでいた。

「でも、なぜF2?となりますよね」と北野は話し続ける。昨季、F選抜でF1を戦った。だが来季は横浜がいるF2へ、下のカテゴリーへ移籍する。その理由は、F1で戦ったからこその選択だった。

「名古屋に残っていても、Fリーグ選抜での出場時間より減ると思います。F1にいても試合に出れなかったら意味がない。今はそこにいけるレベルにはまだない」。

「自分の実力がわかった」と、22歳の若者は冷静に自己分析。「現時点はそうかもしれないけど、長い目で見たらどうなるか」と考え移籍をした。もちろんF2だから、という風には考えていない。とにかく試合に出なければいけないと、北野は決意を語る。

「試合に出て活躍すれば代表に入れるんですから。試合経験は練習以上に大事だと感じました」。

F選抜で共に戦った伊藤圭汰や新井裕生が、シーズン中に日本代表に入る姿を間近で見てきた。その彼らに「今22歳ですけど、逆算をして25歳ぐらいになった時には追いつきたい」と、長期的な視野に立ち自らの人生を設計していた。選手としても社会人としても一人前になる。そのことを最も理解してくれたのが、横浜だった。

「僕は、Fリーグ選抜の中でプレー成功率がたぶん一番高かったと思います。でもそれは、ゴールに向かっていないからなんですよね。横や後ろに味方に簡単につなぐことが、他の選手よりも多かっただけなんです。堅実なプレーに見えますけど、逃げのプレーでしかなかった」。

それが「33試合出場して1点しか獲れなかったこと」と、北野は取り組むべき課題を持って横浜へ行く。もっと得点をしたい、「点が取れるフィクソを目指していた」北野はまた違った個性を手に入れようとしている。

「吉川(智貴)さんを見ていて思ったんです。吉川さんは出場時間が長いのに運動量も多いですし、前カットでピヴォを封じていて、スピードと頭の良さで戦っている。これだと思ったんです」。

「実は中3までは点を獲りまくるスタイルだったんですよね」と過去の自分が得意だったことを思い出していた。「僕は体を張って力で潰すのがストロングポイントですが、すべてを上げていきたい」と、北野はフットサルにおいてもすべてを吸収しようとしていた。

「絶対F1に上げたいですし、優勝に貢献してファン、サポーターをもっと増やしたい。常に感謝の気持ちを持って、取ってくれた横浜に恩返しがしたいですね」。

「考えに考え付いたものが、横浜とピッタリ合っている」と北野は笑っていた。働くことができるからこそ、社会人として一人前になれる。そして選手として一人前になるために、上を目指す戦いができる。北野聖夜とY.S.C.C.横浜は、同じ未来を描く者同士として自然と惹かれ合っていた。

 

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