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日本フットサル三国志 第2章 あのチームはどうなった(フトゥーロ) その6 明暗分けた全国リーグ参入争い

フットサルプレイヤーのためのポータルサイト「みんサル」からの記事を転載となります。


 

 

その6 明暗分けた全国リーグ参入争い

 

全国リーグ参入の応募要領発表を目前に控えた2006年7月上旬、府中市で、とある会議が開催された。

それは、全国リーグ参入に向けての準備委員会で、府中市サッカー連盟、府中市サッカー協会、府中市少年サッカー連盟、府中市フットサルリーグ、府中アスレティック、ファイルフォックス、フトゥーロなどの関係者が一同に介して、全国リーグ参入に向けての推進母体を作るための準備会合であった。

すでに何度か述べているように府中市は三国志の源流の地であり、おおげさに言えば近代競技フットサルの源流といっても過言ではない。したがって、その地を拠点とする府中アスレティック、ファイルフォックス、フトゥーロの去就が注目されるのは当然であろう。しかも、3チームは合従連衡を繰り返した歴史を持ち、今は独立して、それぞれ特長があった。

府中アスレティックは、早くから全国リーグ参入を表明、NPO法人を立ち上げるなど運営面で先行していた。ファイルフォックスは、実力ではNO1である。フトゥーロは、人気でNO1である。どのチームがエントリーしてもおかしくはなく、この3チームが連合を組めば、鬼に金棒という見方もあった。
実際、会議では、3チームの中から1チームを選択してエントリーするのか、合同の新チームを設立、新チームでエントリーするのかについて議論がなされた。会議全体の意向としては、府中市内でもそれぞれのチームが根強いファンを持っていることから、できれば連合できないかという流れではあった。

しかし、新チーム設立には課題があった。それは、すでに3チームは関東リーグに在籍中でリーグもスタートしてしまっているから、新チームでエントリーした場合は、チームの実態がないことになる。そこで、あらかじめ、全国リーグがスタートした時点で3チームが連合することを明記した特別条件でエントリーができないかという案が考えられた。
しかし、この方式だと、全国リーグ下部組織の関東リーグに同一母体のチームが複数存在することになることや、北海道が連合方式でエントリーする構想が新聞報道され、あとからそれは難しいと撤回された経緯もあったため、必ずしも代替案にはならないリスクがあった。

もう1つ、府中には課題があった。それは、会場となる府中市総合体育館の収容人数がアリーナ席、立ち見席を設ければぎりぎり2000人で、通常の状態では2000人に満たないことだった。したがって、いくら府中がフットサルのメッカと言っても物理的条件で落選のリスクが考えられた。

2つの課題を抱え、会議を重ねているうち、ついに7月30日、JFAおよび日本フットサル連盟より正式に応募要領が発表された。これによれば、応募締め切りは9月30日、審査開始が10月1日、11月下旬に参加チーム決定というスケジュールである。もはや時間がない。

府中の準備委員会は、3チーム連合方式でエントリーの落選リスクを避け、まずは府中アスレティックでエントリー、参加が決まったところで、好ましい連合方式はないかあらためて考えようということになり、単独エントリーとした。

そして、運命の2006年11月22日、JFAハウスにて、ついに全国リーグ参入チームおよび来年度のリーグ開催要領が発表された。リーグは2007年9月開幕、8チーム3回戦総当たりで21節84試合を行うという。(のちにリーグ名称が公募され、Fリーグと命名された)

応募は12チーム、関東勢は、ペスカドーラ町田、バルドラール浦安、湘南ベルマーレ、府中アスレティック、北は、北海道フットサル全国リーグ参戦委員会、ステラミーゴ岩手花巻(前身はAMV花巻)、東海地域が田原FC、名古屋オーシャンズ、関西がシュライカー大阪、デウソン神戸、南がパサジイ大分(前身は大分エスペランサ)と琉球FCである。(チーム名は、現在のチーム名、ただし北海道はエントリー時の団体名)

結果はどうであったろうか。なんと、チーム実態のないリスクを避けて単独でエントリーした府中アスレティックは体育館がネックで落選となってしまったのだ。北海道がチームの実態がないことから落選しただけに、皮肉な結果となってしまった。のちに体育館の収容人数については、体育館を改修する約束で2年後に府中アスレティックはFリーグに参入できたが、これはこれで禍根を残し、第2章の冒頭、立川・府中アスレティックにつながっていく。

これによりどういう現象が起きたかというと、府中では急速にFリーグ参入の機運は薄れ、少なくとも3チームはそれぞれの道を歩むしかなかった。同じ落選の北海道は2008年3月に落選の反省からDC旭川を中心に実績ある選手を集めた合同チームを発足、仮称北海道フットサルクラブ(のちのエスポラーダ北海道)を発足させた。しかし、府中の場合は合従連衡を繰り返した歴史があるだけにそこまでの動きは起きなかった。

逆に、Fリーグチームへの移籍現象が起こり、チームの弱体化が始まるのだった。

府中アスレティックは、前田喜史、完山徹一、小山剛史の主力が名古屋オーシャンズに移籍した。ファイルフォックスは前シーズンの途中からも含めてだがGK定永久男、森岡薫、難波田治が名古屋オーシャンズ、小宮山友祐、稲葉洸太郎がバルドラール浦安、遠藤晃夫がステラミーゴ花巻に移籍した。いずれも主力選手だけに戦力ダウンは否めなかった。

実際、2006年、Fリーグ開幕前の最後の関東リーグの順位は1位ファイルフォックス、2位府中アスレティック、3位カスカベウ(Fリーグへ)と1位、2位を占めていたが、Fリーグ開幕後の2007年の順位は、1位フウガ(ボツワナから改名)、2位シャークスでどうにか3位ファイルフォックス、4位府中アスレティックとなっており、戦力ダウンが結果に表れている。

さて、主役のフトゥーロはというと、もともと小野が海外に移籍してからは、群を抜いて上村、渡辺がいるものの戦力的には厳しく、2006年は11位、2007年は5位に終わっている。また、上村、渡辺のFリーグへの移籍話は注目を浴びたが実現には至らなかった。

もう一つの傾向として、優秀な人材はFリーグを目指すこととなり、関東リーグには集まりにくくなってきたことが挙げられる。かくして、府中アスレティックこそ2008年は4位で翌年からFリーグ参入となったものの、府中アスレティックがいなくなった2009年はなんとファイルフォックスは7位で参入戦へ、フトゥーロは8位でついに2部へ自動降格となってしまう。権勢を誇った府中勢は2006年のFリーグ参入争いから3年、完全に明暗を分けてしまったのだ。

2019年の現在、立川をホームアリーナに変更した府中アスレティク、Fリーグ参入を目指し本拠地を八王子に変更したファイルフォックス、そして府中のままのフトゥーロは、Fリーグ、関東リーグ、都リーグとそれぞれの道を歩んでいる。その分岐点は結局何であったろうか。それは、実力でも人気でもない組織力、チームマネージメント力であった。

それにしても、3チームの連合チームで最初からFリーグに参入出来ていたら今のFリーグも違った展開になっていたかも知れない。少なくとも上村進之介のプレーはFリーグで見たかったものである。

さて、写真は2007年9月23日、3チームの明暗を分けた全国リーグ(Fリーグ)の開幕セレモニーの写真にしよう。光と音楽、Fと書かれた大きな風船が舞い降りる夢のある約6700人の観客を集めたセレモニーであった。

 

(フトゥーロ編は終わりです。)

 

 

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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