ピヴォ×みんサル

ペスカドーラ町田U-18が第6回JFA U-18フットサル選手権を制した理由とは?

第6回JFA U-18フットサル選手権を制したのは、ペスカドーラ町田U-18だった。それは過去5大会、高校サッカー部が優勝してきた歴史を変えるものだった。

▼初めてフットサル専門チームが制する

第6回JFA U-18フットサル選手権は、ペスカドーラ町田U-18(関東2/東京都)の優勝で幕を閉じた。

この大会はU-18年代の「フットサル」の日本一を決める大会だが、過去5大会の優勝チームは、すべて高校のサッカー部という状態だった。第1回大会で、北野聖夜(現F2横浜)を擁した名古屋オーシャンズU-18が聖和学園サッカー部に決勝で敗れて以来、フットサル界にとっては悲願である大会を、ついにフットサルの専門チームが獲れたことは、非常にポジティブなことといえるだろう。

今大会はフットサルチームの躍進が顕著だった。優勝した町田U-18を筆頭に、準優勝したのはシュライカー大阪U-18(関西2/大阪府)、3位にはS.B.F.C.ロンドリーナU-18(関東3/神奈川県)が入っている。今回、予選で敗退してしまったフウガドールすみだバッファローズ(関東1/東京都)を含め、過去最多となる4チームのFリーグ下部組織のクラブが、本大会に出場していた。

また、最も大きな成功を収めたといえるのが、悲願の決勝トーナメント進出を実現した聖和学園フットサル部だろう。サッカー部が全国に名を轟かす強豪の同校だが、先に記したように第1回大会で優勝したのは、まさにその聖和学園SC。第2回大会から第5回大会までは、宮城県で開催されたこともあり、彼らは開催地の宮城県代表として第2回大会から第5回大会まで出場していた(第1回大会は東北代表として出場)。

聖和学園サッカー部は今大会も宮城大会に、5チームを送り出している。この宮城大会を制したのが、聖和学園サッカー部ACであり、決勝でPK負けして準優勝だった聖和学園フットサル部とともに、東北大会に出場した。そして東北大会では、聖和学園フットサル部が優勝を遂げて、東北で唯一となる全国大会出場の切符を手にしたのだった。

Fリーグ下部組織クラブの躍進や聖和学園フットサル部の飛躍が顕著となったが、それは決して偶然によるものではないだろう。大会初優勝を遂げた町田U-18の甲斐修侍監督は、「サッカーチームとのフィジカルの違いを埋めるために、ボールを使わないトレーニングも多くやりました」と、フィジカルトレーニングに重点的に取り組んできたことを明かしている。

実際、これまでサッカーチームが優勝できていた要因の一つには、フィジカルの強さがあげられる。今大会でもサッカー部のチームの多くは、自陣からロングボールをピヴォに放り込み続け、強さを生かしてゴールを狙うチームが多かった。この強さに対して町田U-18の選手たちは決して負けていなかった。また、ある程度力が接近した3つのセットを組めるだけの選手層を有し、プレッシングをかけ続けて相手を消耗させることができたのも、優勝できた理由に挙げられるだろう。

フットサルを細部まで理解できているという従来から持っていた強みに加え、こうしたフィジカル面、選手層の充実が、Fリーグ下部組織クラブを中心としたフットサルプロパーチームの躍進につながった。このままフットサルプロパーチームの時代となるのか。それともサッカー部のチームが対策を講じて覇権を取り戻しにくるのか。U-18年代のフットサルの次の展開が注目される。

 

河合拓(かわい・たく)

2002年に当時、国内唯一のフットサル専門誌Pivo!の編集部に入りフットサルに魅力せられる。その後、2006年のサッカー・ドイツW杯を前に週刊サッカーマガジン編集部に入り、セレッソ大阪、ガンバ大阪、横浜FCなどを担当。2011年から2014年まではゲキサカ編集部で活動。2015年からはフリーランスとなり、2016年に「FutsalX」を立ち上げ、フットサルを中心に取材しながら、サッカー日本代表も取材する。U-18フットサル選手権は第1回大会からすべての大会の取材を続けている。

コメント

みんサル

個サルを検索する ひとりでも参加できる個サルやイベントに行ってみよう!

大会にエントリーする 仲間や友達を集めてフットサル大会に参加しよう!

全国のフットサル施設 全国のフットサル施設からお気に入りの場所を探そう!

RANKING

Special Thanks

  • ベストパートナー
  • ボアスコンプラス