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日本フットサル三国志 第2章 あのチームはどうなった(シャークス) その3 もう一つのシャークスの系譜誕生

フットサルプレイヤーのためのポータルサイト「みんサル」からの記事を転載となります。


 

 

その3 もう一つのシャークスの系譜誕生

 

2000年から2002年の頃の競技フットサルは、チームの合従連衡の歴史であった。それも多くは全日本選手権の大会終了後に起こった。例えば、2001年2月の第6回全日本選手権はカスカベウの初優勝であったが、そのあと、ファイルフォックスから上村らが抜けてフトゥーロを設立、ウイニングドッグは解散、木暮らがファイルフォックスに移籍した。(フトゥーロは伝統ある府中水元クラブを引き継ぎ、改名、その結果フットサルの府中水元クラブは消滅した。)

2002年の第7回選手権はファイルフォックスの優勝で終わったが、そのあと、同様に移籍劇が起こった。当時は選手権優勝がフットサルチームのステータスであり競技目的であったから、大会が終わったとなると翌年の選手権を目指して、合従連衡、移籍劇が起こるのである。

まずは、ボーン77から金山が先行してカスカベウに移籍、その刺激を受けてスエルテバンフから稲田祐介(元フットサル日本代表)、三輪修也(のちにペスカドーラ町田、府中アスレティクなど)、ガロからゴールキーパーの伊藤淳(のちにマルバ、エスポラーダ北海道)が移籍する。

次に、なんとシャークスが移籍劇の表舞台に立った。関東リーグの強豪であり、歴史あるガロから大量に選手が移籍したのである。ガロからシャークスへの移籍は衝撃的なものであった。ゴールキーパーの角田麻人、フィールドでは関新、関東選抜にも選ばれた村松淳二、広瀬孝夫、高砂和重、岡部慶幸、橋本一樹らが大量に移籍となった。また、強化として松浦英、GK石渡良太を獲得する。

逆にガロはセレクションなどで補強を行い、のちにFリーガーや日本代表となる逸材を集める。元シュライカー大阪の西野宏太郎、元名古屋オーシャンズ、府中アスレティックの小山剛史、ペスカドーラ町田の横江怜らである。

当時は、アマチュアチームということもあって、覚書程度はあったが、チームと選手の契約書があるわけではなく、簡単に移籍やチーム名の変更が出来た。これはリーグの課題だが、選手の流動性や新規参入を促し、リーグの活性化に繋がる側面はあった。ちなみに、プレデターが先行してチームのクラブ化、契約書の整備などを行い、次第に各チームに浸透して行った時代である。

シャークスは、この結果、飛躍的な躍進を遂げることになる。まずは、第3回スーパーリーグに初出場、初優勝する。並行して都リーグに参加、優勝、参入戦も制し、あっという間に次の関東リーグ参入を決めたのだった。

また、2002年10月から行われた第8回全日本フットサル選手権都予選にエントリー、なんとファイルフォックスを破って東京都第2代表として関東予選までコマを進める勢いを見せた。関東予選はベスト4まで進んだが、茨城代表のマルバに敗れ、決勝進出はならなかった。この時は3位までが選手権出場権利があり、3位決定戦に臨んだが、ロンドリーナに敗れ、選手権出場は逃した。しかし、あと一歩まで来たことになり、夢のような大躍進である。ちなみに、翌年の2003年2月に行われた全日本選手権決勝大会は、そのロンドリーナがカスカベウを倒して優勝している。

大躍進はまだまだ続く。開けて2003年の第5回関東リーグが開幕、それはスーパーリーグを統合した初めての関東リーグであり、名実ともに当時は日本の最高峰のリーグの開幕である。参加チームは、カスカベウ、ファイルフォックス、ガロ、プレデター、小金井ジュール、フトゥーロ、府中アスレティック、マルバ、ロンドリーナ、ラヨー、そして、新規参入のセニュ―ルイーグルス、シャークスの12チームである(順不同)。

シャークスは初戦こそ敗戦で終わったが、最終節、勝ち点22でカスカベウと並んで首位にいた。敗戦は初戦のフトゥーロと府中アスレティックだけである。得失点差ではカスカベウよりは上で勝てば優勝である。そして、その相手は宿敵、目標にしていたファイルフォックスである。この試合を見事、6-3で勝利、関東リーグ初出場、初優勝を成し遂げた。2004年の1月のことである。

シャークスの勢いは止まらなかった。続く4月に行われた第4回地域チャンピオンズリーグに優勝、ついに全国レベルのタイトルまで手にしてしまう。選手権こそ出場を逃したが、スーパーリーグ優勝、都リーグ優勝、関東リーグ優勝、そして地域チャンピオンズリーグ優勝と日の出の勢いで、誰もがのちに大きな落とし穴が待ち構えていようとは思わなかったであろう。そして、もう一つの別の形のチームへと引き継がれていくことも想像できなかったに違いない。その話は次回に。

さて、写真は第8回全日本選手権都予選のエントリーメンバー表としよう(当時のパンフレットから抜粋)。ファイルフォックス、ボツワナ(のちのフウガ)、ガロ、カスカベウそしてシャークスを並べてみた。

カスカベウには、移籍した金山、稲田、三輪、伊藤淳らの名前がある。ガロには、シャークスのメンバーが抜けた補強で西野、小山、横江らの名前がある。シャークスは、創立メンバーに加え、ガロからの移籍、補強メンバーなどが名前を連ねている。恐らく、超貴重な写真だと思う。

 

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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