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日本フットサル三国志 第2章 あのチームはどうなった(シャークス) その4 それは全国リーグ設立から始まった

フットサルプレイヤーのためのポータルサイト「みんサル」からの記事を転載となります。


 

 

その4 それは全国リーグ設立から始まった

 

2006年4月21日、JFAハウスにて、2年前くらいから噂されていた全国リーグ発足の記者会見が開かれた。日本フットサル連盟の大仁会長(のちに日本サッカー協会会長)より説明がなされた。1996年に第1回全日本フットサル選手権が開催されてから10年目のことである。

説明によれば、スケジュールは2006年7月に参加条件の発表と公募開始、参加チームの決定は11月、シーズンスタートは翌年の2007年9月からで終了は翌年の3月であった。シーズンスタートをサッカーと違って9月としたのは、外国人選手の移籍を考慮し、最初から諸外国のシーズンに合わせる配慮をしたからである。

おおむね、噂されていたリーグ概要と同じであったが、参加チームの経費予想が示され、年間予算は4500万円、リーグに対して供託金(会費)として年800万円が必要とされた。また、2000人(今は1500人)収容規模の体育館での安定開催の条件は変わらなかった。

当時、選手というよりか世話役、代表を任されていた石川は、この頃、この全国リーグ参入の野望を持つようになっていた。振り返ってみれば、伊豆の韮山高校(地元では進学校で有名)卒のサッカー部有志で作ったシャークスは、設立2年目でスーパーリーグ参入、その翌年初優勝、同じ年の関東リーグで初参入初優勝、その勢いで地域チャンピオンズリーグ初優勝であるから、上昇の勢いは止まらなかったのであろう。準備不足は否めなかったが、優勝翌年の関東リーグではシャークス立川で出場、立川を拠点に全国リーグにエントリーしたのである。しかし、残念ながら、立川の体育館は基準を満たさず、他にも準備不足があって、落選してしまう。当落の発表は2006年の11月に行われた。

ご存知のとおり、関東はカスカベウ(ペスカドーラ町田)、プレデター(バルドラール浦安)、ロンドリーナ(湘南ベルマーレ)が当選となった。この結果、日本のトップレベルであった関東リーグは選手の移籍もあり、人気、実力ともにFリーグに日本一の座を奪われることになる。合体エントリーに失敗、落選組と言ってよい府中アスレティック、ファイルフォックス、フトゥーロ、様子見だったフウガなどはそれぞれ次の機会を窺うしかなかった。

そこで、シャークスの石川は地方への転出を考えたのである。今にしてみれば、それは勇気ある行動かつ合理的であったといえる。

それはなぜか。

第1に2000人(今は1500人)収容の体育館の確保は地方が圧倒的に有利だからである。その規模の体育館というと、都会では土地代や歴史的経緯からなかなか存在しないこと、また、存在したとしても人口が多いから、既存のスポーツで利用されており、新しいスポーツ、フットサルに時間帯を割くことが非常に厳しい課題があった。一方、地方は地域経済活性化の名目で箱物行政が行われ、大規模の体育館はいくつも建設されていた。また、人口が少ないから、フットサルの時間帯も容易に確保できる。このように、フットサル人口の多い都会では体育館を確保しにくく、フットサル人口が未開拓の地方では、体育館は確保しやすいアンバランスな関係があったのである。

次は、スポンサー確保の問題である。都会には、全国区の企業が集中しており、スポンサー候補の会社も多いが、競争相手のスポーツも数多く存在する。例えば、サッカー、バレーボール、バスケットなどである。フットサルはこれらスポーツと競争して企業のスポンサードを獲得しなくてはならない。ましてや、都会には、楽しそうな娯楽は山ほどある。

一方、地方はどうか。スペインやブラジルほどではないが、地方には全国レベルのプロスポーツはまだまだ根付いていない。名古屋オーシャンズのオーナー大洋薬品工業の新谷社長は、飛騨の高山に名古屋オーシャンズの本拠を置きたかったという。高山には、大洋薬品の工場があるのだ。日本も地方の有力企業が全国レベルの情報発信を目指して、フットサルクラブのスポンサーとなる可能性は高い。大洋薬品と同じような例で、エスポラーダ北海道の有力スポンサー、レオックも今でこそ全国区の企業になっているが、創業者はは北海道出身である。

かくて、スポンサー確保も、関東よりも地方の方が優位に進められる構造となっている。

3番目の課題は、全国リーグというキーワードである。Jリーグのコピーと揶揄されることもあるが、普及を考え、地方に均衡してチームを置きたい考えがサッカー協会にはあった。結果的に第1回の募集結果では、関東3チーム(町田、浦安、湘南)、東海1チーム(名古屋)、関西2チーム(大阪、神戸)、九州1チーム(大分)、これに全国リーグのバランスから岩手(岩手花巻)が加わり8チーム発足となった。北海道はチームの実績がないということで落選となったが、第2回の募集では同じくバランスから当選が確実視されていた。

石川はこれらの状況からみて、2年後と目される第2回のチーム募集の時は、地域からエントリーの構想を描くようになった。そして準備にとりかかったのは落選が決まってすぐの2006年の12月であった。急いだ理由には選手の流出の恐れがあったからである。実際、府中アスレティックを始め、ファイルフォックスなどFリーグへの移籍が続いた。シャークスも例外ではなく主力の西野宏太朗がシュライカー大阪に、関新、沖村リカルドが湘南ベルマーレに移籍している。むろん、地域への移転先は生まれ故郷である三島市であり、広域に考えると伊豆である。こうして、急ピッチに伊豆への移転の計画が進められた。その構想は、今でも通ずる壮大な夢あるものであったが、構想が早すぎたのかも知れない、残念ながら挫折してしまう。その話は次回に。

写真は、シャークスの横断幕にしよう。そもそもシャークスの名前の由来は、シャークスの創始者のメンバーはビーチサッカーをやっていたことがあり、伊豆の海をイメージしたものだという。ちなみにツバロンとは、ブラジル語でサメを意味する。

 

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

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