ピヴォ×みんサル

日本フットサル三国志 第2章 あのチームはどうなった(シャークス)その5 シャークスの夢破れる

フットサルプレイヤーのためのポータルサイト「みんサル」からの記事を転載となります。


 

 

その5 シャークスの夢破れる

 

2015年10月、文部科学省の外局として、スポーツ省が発足した。スポーツの新興、スポーツに関する施策の総合的推進を図ることを任務としたものである。東京オリンピック開催決定が2013年であるから東京オリンピック開催に向けての施策であり、Fリーグ発足の7年後のことである。

スポーツ庁の取り組みについては、こんな説明がある。

スポーツを通じた地域・経済活性化のためには,スポーツ産業の活性化,スポーツ環境の充実,そしてスポーツ人口の拡大がつながっていく好循環が重要です。 スポーツツーリズムや,多数の参加者・観衆が見込めるスポーツイベントの開催,大規模な大会やスポーツ合宿の誘致等のスポーツを核とした地域活性化に向けた取組を推進するとともに,スポーツ施設の魅力・収益性の向上,スポーツ経営人材の育成,スポーツと他産業との融合・拡大など,スポーツを我が国の成長産業へと転換していくための取組を推進していきます。

注目すべきはスポーツツーリズムのキーワードである。スポーツツーリズムとは、プロスポーツの観戦者やスポーツイベントの参加者と開催地周辺の観光とを融合させ、交流人口の拡大や地域経済への波及効果などを目指す取り組みを言い、2011年の観光省の観光政策に盛り込まれ、翌年には一般社団法人日本スポーツツーリズム推進機構が誕生している。

まだ、スポーツツーリズムという言葉がない頃、シャークスの移転計画は、筆者の見立てではスポーツツーリズムの先取り、つまり、観光資源とスポーツの融合を軸に話は進められたと思っている。それは、偶然も重なるが、石川が東京から三島に帰省して地域の関係者に相談に行ったところ、伊豆のゴルフ場、リゾート施設などを経営する会社を紹介され、その会社がスポンサーになって伊豆にFリーグチームを発足させようということになったのだ。丁度、静岡県が伊豆ブランド創生事業の募集なども行っており、伊豆の観光名所とスポーツを結びつけるプランはFリーグの注目度もあって夢のあるプランとなった。

実際、伊豆・修善寺の日本スポーツサイクルセンターにある体育館をベースに一般参加のリーグではあるが、伊豆リーグが立ちあげられた。女子芸能人チーム、府中アスレティックを招待さらには、シャークスも関東リーグと並行して参戦など、具体的な活動になった。シャークスにとっては、ゴルフ場の研修用合宿所が宿泊施設として使えるとか、ゴルフ練習場で働けるなどの副次メリットも含め、チーム運営に専念できるメリットがあり、伊豆に拠点を移す決意の後押しとなった。

こうして、Fリーグ参入条件である法人資格も取得、スペイン人監督パコを招聘、選手の待遇も改善を図り、伊豆からの参戦の環境を整えた。むろん、スムーズに事が進んだわけではない。覚悟していたことであるが、関東を中心に生活している選手達にとっては、生活圏を伊豆に移すことには家族のこともあり、誰もが賛成というわけには行かなかったのである。村松淳二、下山修平、GK角田麻人らがチームを去ることになった。それでも、神敬治、大森茂晴、松浦英、碓井孝一郎、GK渡辺良らが残り、Fリーグと並行して開催される初めての2007第9回関東リーグにようやく臨めることになったと言うわけである。

なぜ、そこまで急ぐのかというと、選手の流出防止もあるが、Fリーグ参入条件の実力を証明しなければならない事情もあった。そのためには直近の実力が関東リーグ優勝相当でなければならない。また、Fリーグには東海リーグからエントリーを計画していたが、関東リーグ優勝の肩書を持って、円滑に東海リーグに移籍するためにも好成績が必要であった。東海リーグには強力なライバル、のちにFリーグ参入なったアグレミーナ浜松(田原FC)の存在があったことも要因だろう。

結果は前々回で伝えたように優勝はならず、2位に終わった。優勝は皮肉にものちにFリーグ参入を果たすフウガであった。それでも、念願の全日本選手権に初出場、地域チャンピオンズリーグ3位などそれなりに好成績は残した。

しかし、シーズン終了後、振り返ってみるとFリーグと並行して行われた関東リーグの凋落の実態、Fリーグ初年度の人気度などが見えてしまい、このままFリーグの追加募集まで待てるのかという課題を現実に突き付けられることになった。長期のプランを持っていなかったと言えばそれまでであるが、スポンサーはそれほど長くは待ってくれないということであろうか、ついに断念を余儀なくされた。

現在、FリーグはF1、F2の2部リーグ制となり、2部については参入クラブを増やして行くことが課題になっている。その際、関東、関西などに集中ではなく、地方分散も考えて行かねばならない。地方では本物のフットサルを見てみたい、感じてみたいニーズは多いはずだ。そこで、シャークスの事例を活かすためにも、今後、どのように地域に展開していったら良いか、持論を展開してみたい。それは次回に。

さて、写真は、最後の関東リーグとなった開幕節の集合写真にしよう(雑誌ピヴォより)。むろん、この時誰も最後の関東リーグになるとは思っても見なかったであろう。

 

木暮知彦

みんサル運営会社のピープルスポーツ株式会社社長。1999年の第1回の関東フットサルリーグ、伝説のスーパーリーグの立ち上げなどに関わった。自らはFIRE FOXの代表として、リーグ優勝、フットサル選手権の優勝を経験した。元フットサル日本代表木暮 賢一郎の父親でもある。

コメント

みんサル

個サルを検索する ひとりでも参加できる個サルやイベントに行ってみよう!

大会にエントリーする 仲間や友達を集めてフットサル大会に参加しよう!

全国のフットサル施設 全国のフットサル施設からお気に入りの場所を探そう!

RANKING

Special Thanks

  • ベストパートナー
  • ボアスコンプラス