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「書く情熱は本の時以上」デジタルピヴォ! として生まれ変わる(デジタルピヴォ! 編集長・山下浩正)【2/3】

2011年3月11日、日本は大きく変わってしまった。その影響は『フットサルマガジンピヴォ!』にも及ぶ。だが、数か月後のワールドカップを控えた2012年、新たな形で復活する。『デジタルピヴォ!』編集長、山下浩正は自由を手に入れていた。

(2017年4月24日収録)
(「センターフォワードはピヴォ……これだ!」フットサルマガジンピヴォ! 誕生の瞬間(デジタルピヴォ!編集長・山下浩正)【1/3】)

 

ワールドカップは「ふーん」みたいによそ事

――2011年の年末、『フットサルマガジンピヴォ!』は69号を最後に休刊します。プレーヤー目線ではなくてサポーター目線がウケなかったからという原因になるんですか?

山下 そうですね。また東日本大震災の影響もありました。

――どのような影響だったのでしょうか?

山下 あのときは全日本選手権のファイナルラウンド初日だったのだけど、すぐに経営に直結した。あれで日本のマーケット半分がなくなっちゃったよね。フットサルどころじゃないんですよ、ウチも記録的な返品率を出しちゃってもう壊滅的。それまでも無理をしてたから。

――出版不況と騒がれ始めていた時代でもあります。

山下 まさにそう。ピヴォ!を始めてから「なんでネットにしないの?」といわれた。コストはかかるし手間もかかるし「なんで紙なの?」って真剣にいわれたことがありましたよ。

―紙にこだわりがあったんですか?

山下 紙以外に何が出版かと、こだわりはあった。大学出てから、小学館の女性誌で週給で暮らしていたときから、紙しか触ったことなかった。

――そこから社員になられたんですか?

山下 社員の試験は受けましたよ。編集長がオレたちみたいな不安定なヤツに、「ちゃんと試験を受けろ、社員にならないでどうするんだ」って、ありがたい話だよね。でも、一夜漬けで勉強して受かるわけないじゃない、周りは東大生を含む優秀な学生ばかりだし。3回チャンスくれて3回ともアウト。仕方ないから別の会社に、クルマ雑誌の出版社に入ったんだよ。

――女性誌からクルマ、まったく違うジャンルですね。

山下 まったく関係ないよね。新車が出たら試乗して、市場レポートを載っけてたまにスクープ記事を書く、情報誌でしたね。そこで厳しいサラリーマン生活を送りましたよ。でも、そのときからオレ何がやりたいんだろうと思っていた。自分が飽きずに中学から続けているのがサッカーだけ。フットボールしかないだろうと思ってるときに、フットサルと出会ったわけ。

――創刊当時おいくつだったんですか?

山下 56歳。それが失敗の元。年だから粘れない、もうくたびれちゃってくだびれちゃって。

――しかも3人ですから。

山下 そうです。2人とも専門学校を出たばかりで頑張ってくれたんだけど、オレがクタクタで。起業するときに年齢は大事。健全な肉体を持っているかどうかっていうのは、当たり前だけど起業の条件ですよね。思い知った。体調も崩すし。

――今はもうお体は大丈夫なんですか?

山下 どうにか。週2でフットサルやっているけど、体調はよくなっているよ。もうすでにボケが始まっているから、物忘れは激しいけど(笑)。

――そして、2011年の11月15日に雑誌が休刊となってしまう。でも、その次の月にカズ(三浦知良)がやってくるというとんでもないニュースが出てきます。もう少し続けれることができれば変わっていたかもしれません。

山下 それはあるかもしれないね。ただ競技への興味だったのか、カズが人気だったのか、そこはわからない。カズの日本代表入りは心配だったんだよね。またぎフェイントで突破しようとしても、相手は見てるだけでいいからどうなるかなと。でも、うまくいったね。

――そして、タイ ワールドカップが始まります。

山下 初の決勝トーナメント進出のベスト16入り、あのときの日本代表はすごかった。でも、オレは行っていないんで、「ふーん」みたいによそ事でしたけどね(笑)。

 

▼現場に直結できるようになった喜び

――タイ ワールドカップの日本代表を通じてフットサルを初めて見た人も多いと思います。フットサルが日本中で盛り上がった瞬間でもありました。そのころ、ネットに姿を変えた『デジタルピヴォ!』が始動します。

山下 始めたのが2012年のワールドカップの直前なんだよね。無料版の『デジタルピヴォ!』は2012年の6月、同年の9月のタイ ワールドカップに合わせて8月に有料版『デジタルピヴォ! プラス』がスタートした。このネット版は、実はブラジルから始動するんだよ。雑誌をやっていたころ、日本代表の取材でサンパウロへ行ったんですよ。そうしたら、たまたま会った日系人が「オレたちもフットサルを真剣にやっているから取材してくれ」っていうわけ。でも代表以外の取材は無理だっていってるのに、無理やり車で小さな港町に連れて行かれた(笑)。そこで知り合った日本人がきっかけなんだ。

――その出会いが、どうつながるんですか?

山下 そいつに帰国後「本が終わっちゃった、フットサルで何か始められないか」という話をしたら、紹介してくれたのが『タグマ!』だったというわけ。そこで、初めてネットでフットサルの有料WEBサイトをやりませんかって。幸いにも有料WEBサイトはフットサル業界初だったんだよね。タイミングも2012年のワールドカップ、日本が出たからこれ以上のタイミングはない。急遽準備をして始めることができた。オレとしても、フットサルの世界にもう1回戻れたわけ。うれしかったな。

――記事を見ていると代表というよりもクラブチーム寄りですが?

山下 リーグ戦が好きなんだよ。そこの中で、リカルジーニョのようなスーパーなプレーヤーを見たい、その思いが強い。書く情熱も本の時以上に湧いたね。本のときは、オレは経営者として仕事しているわけじゃない。金の計算をしたり、あがった原稿のチェックもあるし、編集部にいなきゃいけない。だから取材できなかった。若い子に取材を任せて、自分は一番大事な現場を見ることができなかった。だから、ネットでその足かせが解けて、現場に直結できるようになったときの喜びが一番強かった。取材すれば次から次へと書けるわけで。年寄りですけど元気はありましたから(笑)。

――ある意味、本のときよりも楽しくなっていた?

山下 また帰ってきやがってという感じかもしれないけども、オレは楽しかった。こんなチャンスを与えてくれる人がいるんだって。

――今後どういう感じにしていきたいとお考えですか?

山下 フットサルプレーヤーとしてうまくなることですね。

――メディアとしてですけど(笑)。

山下 メディアは労力がいっぱいいっぱいだから(笑)。大いにエンジョイしながら、フットサルプレーヤーとしてうまくなる。今、ようやくボールが足につくようになってきたし、年だけどこのままフットサルがうまくなったらもっと楽しいだろうなと思ってね。やるのが一番楽しいんだよ、困ったことに。Fリーグを見るよりもプレーするほうがおもしろい。もうね、Fリーグ取材よりも優先しちゃうときもある、サイトの若い仲間が取材に行くなら「チームの練習があるからオレ休むね」って(笑)。プレー最優先。フットサルはおもしろいですよ。
(「好きなチームと選手? それはだな……」永遠のフットサル小僧が“F”の未来に思うこと(デジタルピヴォ! 編集長・山下浩正)【3/3】)

山下浩正
1944年、埼玉県所沢市出身。中学で幼なじみと剣道部に入るも面が臭くて2人してサッカー部へ転部。部活は以来高校まで続ける。フットサルとは1999年、有明コロシアム センターコートで開催された全日本選手権を機に本気で向き合う。

PHOTO,TEXT・佐藤功

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